第35章 歪な音色(後編)<肆>
「サアツイテコイ。私タチニ!」
「山ヲ下リマスヨ~。シッカリツイテキテクダサイネェ~」
二羽の鴉に導かれながら、炭治郎が禰豆子の入った箱を背負い、その後ろを善逸を背負った汐と何故か伊之助が付いてくる。
汐が善逸を背負っているのには訳があった。
あの後炭治郎によって気絶させられた善逸を、彼が背負っていくと言い出したのを汐がとめた。
炭治郎が骨折しているうえに血鬼術を使う鬼と戦ったため、疲労困憊してるからだ。
だが、汐に負けず劣らず頑固な炭治郎もそれを拒否し二人はしばらく睨みあったのだが、汐が炭治郎の口を掴み恐ろしい声で脅迫したため仕方なく任せることになったのだ。
それから伊之助が何故鬼殺隊士になった経歴も聞くことができた。なんでも山に入ってきた他の鬼殺隊士から刀を奪い、最終選別や鬼の存在について知ったそうだ。
正直なところ、刀を奪われた鬼殺隊士が気の毒でならないと、汐と炭治郎はぼんやりと思った。
「それにしても、あんたも山育ちなのね。炭治郎もたしか山育ちだったわよね?」
「ああ。俺の家は炭焼きの仕事をしていたからな」
「はあ?こいつと一緒にすんじゃねえよ。俺には親も兄弟もいねえ。他の生き物との力比べだけが唯一の楽しみだ!」
そう言って得意げにする伊之助に、炭治郎はなぜか涙目になり「そうかそうか」と答えた。
そんな二人を見ながら歩いていた汐だが、不意に胸元に違和感を感じた。
視線を動かすと、ほんの僅かだが背負っている善逸の指が動いている。それを見た汐の眼がすっと冷たいものになると、善逸にしか聞こえないであろう小さな声でぼそりと言った。
「それ以上手を動かしたら、お前を男として再起不能にしてやるからな」
その瞬間、善逸の体がびくりと跳ねて動かなくなる。伊之助が反応しこちらを見たが、汐は何事もなかったように微笑んだ。
その笑顔に、何故か伊之助の体が小さく震えた。
結局山を下りるまで善逸は寝たふりをしていたが、降りたとたんに汐が華麗に善逸を叩き落したためそれからは彼も自分の足で歩きだした。