第34章 歪な音色(後編)<参>
「でもあの猪頭、本当によく動けるわねー。あたし、さっき思いっきりタマ蹴っちゃったのに」
「・・・え゛!?」
ぼそりと呟いた汐の恐ろしいつぶやきは、聴覚に優れている善逸の耳に確実に届いた。どういうことなんだという視線を向けると、汐は淡々と「襲われたから蹴ったら変なところに当たった」とだけ答えた。
その言葉に善逸は戦慄し、無意識にその部分を抑えた。そして先ほど痛めつけられたとはいえ、下手をしたら男として再起不能になる攻撃を食らった猪男に、かすかながら同情するのであった。
そんな会話をしていることなど露知らず、炭治郎は猪男の低すぎる攻撃に苦戦していた。どの一撃も炭治郎の臍より下の位置ばかりを重点的に狙ってくるのだ。
汐との度重なる組手の訓練で、炭治郎自身も対人格闘に心得がある。しかし、目の前の相手の戦い方は人のものではない。
まるで、獣と戦っているようだった。
(低くねらえ。相手よりも、さらに低く!!)
炭治郎の蹴りが猪男の頭に向かう。が、男は地面を這うようにしてそれをかわすと、その姿勢のまま炭治郎の後頭部を踏みつけた。
その人並外れた間接の柔らかさに、炭治郎は驚愕する。
猪男は炭治郎から離れると、自分がいかにすごいか大声でまくし立てた。
そしてそのまま立ったまま背をそらし、そのまま胸部を地面につけた。
「うわあ~、あの格好であれをやられると結構気持ち悪いな」
「俺の時も思ったけれど、汐ちゃんって結構手厳しいよね」
「あたしは基本的に馬鹿には容赦しないから」
冷静な善逸の突っ込みを、汐はさらに冷たくあしらった。