第34章 歪な音色(後編)<参>
一方。猪男を吹き飛ばした炭治郎は、倒れ伏している彼に向かって言い放った。
「何故善逸が刀を抜かないか分からないのか!?隊員同士で徒に刀を抜くのはご法度だからだ。それをお前は一方的に痛めつけていて、楽しいのか!?卑劣、極まりない!!」
怒りのあまり炭治郎の拳が震え、ギリギリと音が鳴る。その迫力に、汐は思わず息をのんだ。
これほどの怒りを露にする彼を見たのは、久しぶりだったからだ。
倒れ伏した猪男は二三度咳き込むと、突如かすれた声で笑い出した。その様子に炭治郎は勿論、汐と善逸も怪訝そうな顔をする。
猪男はひとしきり笑うと、倒れたまま顔だけを炭治郎に向けて言った。
「そういうことかい、悪かったな。じゃあ――素手でやりあおう!!」
「いや、まったくわかってない感じがする!まず隊員同士でやりあうのが駄目なんだ!素手だからいいとかじゃない!!」
炭治郎の言葉もむなしく、猪男はがばりと起き上がると炭治郎に一直線に向かっていった。
猪男の動きはすさまじく、今しがた炭治郎に骨を折られたとは思えなかった。
先程汐が見た時と同じ、柔軟かつ予測不能な動きで炭治郎を圧倒していく。はじめは反撃するつもりがなかった炭治郎も、命の危機を感じたのか猪男に蹴りを入れた。
が、男はそれを背をそらしてかわすと、炭治郎の顔面に一撃を入れる。その隙を見逃さず、猪男の更なる追撃が彼を襲った。
「あれ、炭治郎もご法度に触れるんじゃないか?骨折ってるし」
「いや、正当防衛ってことでいいんじゃない?よく知らないけど」
完全に蚊帳の外になっている二人は、ただその戦いを見守ることしかできなかった。