第33章 歪な音色(後編)<弐>
「いい加減にしろこの馬鹿猪!!」
汐の怒号が猪男の耳に入った瞬間。男の動きが止まる。先ほどの鬼と同じように、彼も何故動けないかわからないようだった。
「な、なんだ、こりゃ・・・!体が、動かねえ!?」
驚愕している猪男の腹部に、汐は蹴りを叩き込む。が、怒りのあまり足元が狂い、腹よりも下の部分にその足を叩き込んでしまった。
気づいたときにはもう遅く、猪男はカエルがつぶれたようなうめき声をあげながら廊下へ吹き飛んだ。
「清!叩いて!!」
悶絶している男が起き上がる前に、汐は押し入れに隠れていた清に指示を出す。すると、少し遅れて鼓の音が聞こえ猪男の姿は消えた。
再びあたりに静寂が訪れる。今度こそ脅威が完全に去ったのを確認すると、汐は大きく息を吐きながら座り込んだ。
鬼の群れと戦い、体は鬼の血で汚れ、そしておかしな男に刃を向けられた汐はだいぶ疲れていた。このままここで眠ってしまいたい。そんなことを考えるほどに。
(そういえば、さっきあの変な奴の変なところ蹴っちゃったけど・・・大丈夫よね?)
昔いたずらをした村の子供が同じ部分を強打し悶絶していたことを思い出し、汐は少しだけ不安な気持ちになった。しかし理不尽な理由で命を狙われたことに比べれば、きっとかわいいものだろう。
そんなことを考えていると、清とてる子が押し入れから飛び出してきた。
「汐さん!大丈夫ですか!?」
清が真っ先に汐に駆け寄る。が、汐は自分が鬼の血で汚れていることを考慮し、少し彼から距離をとった。
「ああ駄目よ。今のあたしは汚いからあんた達まで汚れちゃうわ。ほら、てる子も怖がっているし」
てる子の眼を見て、汐はそう言った。その声が心なしか悲しみを孕んでいることに、二人は気づくことができなかった。
その時。清の持っていた鼓が突然、灰の様になって消えてしまった。驚く二人に、汐は炭治郎が鬼を倒したことに気づきそれを伝えた。
(やったのね、炭治郎)
安心したのと疲労がたたってか、汐の意識が霞んでいく。目の前が真っ暗になる寸前、誰かが汐の名を読んだ気がした。