第32章 歪な音色(後編)<壱>
やがて歌が終わると、二人は自然と彼女に拍手を送っていた。その顔には笑顔が浮かび、先ほどの不安はみじんもなかった。
「すごいすごーい!お姉ちゃん、お歌がとっても上手なんだね!」
てる子が汐の腰に飛びつき、清も手を叩きながら絶賛する。その子供らしい仕草に汐の顔も自然と緩み、二人の頭をなでる。
「あたしの友達もこの歌が大好きなの。だから二人に気に入ってもらえてよかった」
それから汐は、二人にいろいろな話を話せる範囲で聞かせた。自分の故郷の海の事、ワダツミヒメの物語の事、炭治郎に出会ったこと、知らない町で食べたもののことなどを、鬼のことは極力伏せて。
二人は汐の話にじっと耳を傾けた。特に、二人は海を見たことがなかったらしく、海の話にはたいそう興味を持ったようだ。
「ええ!?魚とエビが一緒に暮らしているんですか!?」
「そうよ。エビが巣穴を作って魚が敵が来たことを知らせる役割をするの。見た目も種類も全然違うのに、こうやって一緒に生活している生き物もいるのよ」
汐は自分が今まで培ってきた知識を押し目もなく披露する。二人はすっかり汐の話に夢中になり、ここが鬼の住処であることを忘れそうになっていた。
「ふう、ちょっと話過ぎたみたいね。休憩休憩。少し水を飲ませてもらうわね。あんたたちもどう?」
そう言って汐は、腰に下げていた水筒を取り出し二人に渡す。少しぬるくなってしまっているが、飲めないわけでもない。
水は三人の乾いた喉を潤していく。そんな中、ふと清が水を飲んでいる汐に向かってこんなことを言った。
「あの。さっきの人・・・炭治郎さんは汐さんの想い人なんですか?」
「ブフォオッ!!!」
清の思わぬ言葉に、汐は水を盛大に噴き出しせき込んだ。床に転がりのたうち回る彼女に、二人は驚き慌てて駆け寄る。
ゼイゼイと息を乱す汐の背中を、二人は必死にさすった。
「い、い、いきなり、な、なんてことを言うのあんたは!!危うく死ぬところだったじゃない!!」
顔を真っ赤にしながらせき込む汐に、清は青い顔をして必死に謝った。
「あ、あいつとは、炭治郎とはそんな仲じゃないわよ!あいつとはただの兄妹弟子!仲間、友達!!そういうんじゃないのよ!!!」
顔を赤くし、目を剥いてムキになる汐に、二人の目が点になる。そんな彼らを見て汐ははっと我に返ると、赤くなった顔を顔を隠すように背を向けた。