第32章 歪な音色(後編)<壱>
炭治郎は一度眼を閉じたあと、座り込んでいる清とてる子に目線を合わせて座った。
それからてる子の頭に、そっと自分の手を当てる。
「落ち着いてよく聞くんだ。てる子。清兄ちゃんは今本当に疲れているから、てる子が助けてやるんだぞ」
それから自分の人差し指を口元に当てながら、教え聞かせるように言った。
「俺が部屋を出たら、すぐに鼓を打って移動しろ。もしもその先に鬼がいても、このお姉さんが二人を必ず守ってくれるから、言うことをきちんと聞くんだ。そして鬼を倒したら必ず迎えに来る。清たちの匂いをたどって。戸を開けるときは名前を呼ぶから。もう少しだけ頑張るんだ。できるな?」
炭治郎の優しく諭す声に二人の顔が真剣なものになり、しっかりとうなずく。二人を見た炭治郎は「えらい!」と褒め、そんな彼を見て、汐の胸が小さく音を立てた。
「それじゃ行ってくる。汐、任せた」
「任されたわ」
二人の視線が交わると同時に、遠くから床のきしむ音が聞こえてくる。そして襖の陰から、鬼が姿を現した。
「叩け!!」
炭治郎が飛び出すと同時に、清が鼓を打ち鳴らす。音と共に、炭治郎と鬼の姿は何処へと消えていった。
(頼んだわよ炭治郎。必ず、必ず生きて戻ってきて・・・!)
彼の姿が消えた後、汐は振り返って二人の前に座る。そしていまだ不安が残る彼らを落ち着かせようと話をすることにした。
「大丈夫よ。あの鬼は炭治郎が何とかしてるし、正一だって善逸が守ってくれる。あ、善逸はあたしの仲間の一人で、二人ともとっても強いんだから!!」
しかしそうはいっても炭治郎はともかく、善逸の醜態を見ていたてる子は、不安でいっぱいな眼を汐に向ける。このままでは二人の心がまた不安で曇ってしまうことを恐れた汐は、咳ばらいを一つすると立ち上がった。
「お姉ちゃん・・・?」
てる子が不安げに見上げると、汐は息を深く吸い口を開いた。
汐の口から、透き通るような美しく、優しい歌声がこぼれだす。それは音が響かないはずの部屋に響き渡り、清とてる子の心を瞬く間にとらえた。
二人とも口を開けたまま、歌を披露する汐にくぎ付けになる。心の中にあった恐怖が、歌が進むごとにみるみる溶けて消えていった。