第32章 歪な音色(後編)<壱>
鬼の気配と匂いは、どんどん近づきつつある。汐と炭治郎は険しい表情のまま襖の向こうを見据えた。
このままでは清とてる子が危ない。炭治郎は意を決して汐に向き合うと、口を開いた。
「俺はこの部屋を出てあいつと戦う。汐はここに残って二人を守ってくれないか?」
「はあ!?」
炭治郎の申し出に、汐は声を荒げて炭治郎を睨みつけた。
「バカ言ってんじゃないわよ。あんた骨を折ってるのよ?あたしが行って鬼を斬ってくる」
「だめだ。汐だって怪我をしているし、それにあいつは少し複雑な血鬼術を使うんだ。俺は一度あいつの術を見ているから、対処はできる」
「何よそれ。あたしが信用ならないってこと?それとも怪我をしてるあたしは足手まといだっていうの?」
「違う、そういうことじゃない」
炭治郎の言葉に、汐は一歩も引かない。二人の間に段々と険悪な空気が生まれだし、子供たちははらはらとその成り行きを見守る。
「聞いてくれ、汐。これはお前にしか頼めないことなんだ」
炭治郎は汐の両肩に手を置いて言った。真剣な眼が汐の青い眼を静かに映す。
「お前が強いのは俺が誰よりも知っている。だからこそ、二人を守ってほしいんだ。今それを頼むことができるのは汐だけだ。頼む」
汐の肩に乗せられた手に力がこもり、炭治郎の真剣さと汐への信頼が見て取れる。そんな彼の姿に、汐は小さくため息をついた。
「・・・そんな頼み方は狡い。そうまで言われちゃ、頷くしかないじゃない」
炭治郎の手に自分の手を重ねながら、汐は小さく呟く。そして決意を込めて彼を見据えた。
「わかった、あんたを信じる。二人は必ずあたしが守って見せるから安心して」
「ありがとう、汐」
「その代わり、必ず生きて戻ってきて。戻ってこなかったら子供たちを連れて・・・なんてのは絶対なし。死ぬんじゃないわよ。死んだらぶっ殺すから!」
「いや、その理屈はおかしいだろ!?」
「とにかく、必ず戻ってきなさいってことよ」
そう言って汐は炭治郎に背中を向ける。そんな彼女からは信頼と微かだが不安の匂いがした。