第4章 嵐の前の静けさ<参>
夜になるまではまだ少し時間があるが、空模様が少し怪しくなってきたため汐は村へ帰ることにした。
空はどんどん暗さを増し、今にも雨が落ちてきそうだ。村までは距離があるが、走っていけば降り出す前には何とか帰れるかもしれない。
汐は薬瓶が割れないように細心の注意を払いながら、村への帰り路を急ぐ。すると、突如近くの草むらが不自然に揺れた。
思わず足を止める汐。すると、草むらがひときわ大きく揺れ何かが飛び出してきた。そして、その飛び出してきたものを見て、汐は息をのんだ。
てっきり犬猫の類かと思っていたが、そこにいたものはそれとは全く違っていた。血走った眼、体中に浮き出た血管。そして、頭には二本の角。
――鬼だ
汐はすぐに分かった。眼が人間の物とは全く違う。今まで汚い眼は何度か見てきたが、そんな生易しいものじゃない。
鬼は汐を見つけると目を見開きにやりと笑った。口からは鋭い牙と真っ赤な舌が見え、おびただしい量のよだれがあふれている。
――逃げなくては!
でも、自分には玄海がくれた鬼除けの守りがある。それならば鬼は襲ってこない筈だ。
しかしそんな期待は、鬼が躊躇なく汐に向かってきたことで打ち砕かれた。
鬼除けの匂い袋はその名の通り匂いで鬼を寄せ付けない。だが、それは天候がいいときのみに限られる。
雨が降ってしまえばその匂いは流れてしまい、その効果はなくなるのだ。
鬼が爪を汐に向かって振り下ろす。だが、汐は持ち前の身体能力でそれを回避した。
鬼はそれが気に食わなかったのか、奇声を上げながら爪を振り回す。
(何なのよ・・・!こっちは急いで帰りたいんだから、あんたみたいなのにかまっている場合じゃないのよ!!)
そのまま汐はくるりと背を向け、村へ向かって全速力で走る。鬼も追いかけてくるが、鍛えられた汐の足には追いつくことができなかった。
何とか鬼を撒きつつ、汐は走る。村へ戻ればきっと大丈夫。村に戻ればみんなが待っている。村に、戻れば・・・・
でも、村に戻った汐を待っていたものは、彼女の心を打ち砕く程の悪夢だった。