第29章 歪な音色(前編)<弐>
善逸の顔が一瞬で青ざめる。そして再び頭を抱えながら「嘘だろ嘘だろ!?」と騒ぎ出す。
「ちょっと善逸。少しは落ち着きなさいって。焦ったって何もいいことなんて・・・」
汐は必死で善逸を制止させようとするが、彼は話を全く聞かず慌ててあちこちの扉を開ける。
しかしいくら開けても外へは通じておらず、別の部屋があるだけだ。
「こっちは!?」
そう言って障子らしきものを開けた瞬間。彼の体は固まった。部屋の中にすでに客がいたからだ。
その相手は体は人間のものだが、頭は猪のものだ。そして大きく息を吸うと、鼻から音を立てて息を吐きだした。
「《b》化ケモノだぁあああーーーー!!!!!《/b》」
善逸の大声と同時に猪男がこちらに向かってくる。汐は反射的に刀に手をかけたが、男は汐の頭上を飛び越え壁を蹴り、襖を体当たりで吹き飛ばすと何処へと走り去っていった。
残されたのは呆然と立つ汐と少年。そして頭を抱えて震える善逸だけだった。
「・・・はあ」
汐は小さくため息をつく。そして微かに震えている少年の肩にそっと触れた。
びくりと体を震わす彼に、汐は優しげな声で話しかける。
「ごめんね、怖い思いをさせて。だけど心配しないで。炭治郎がいるんだもの、きっと大丈夫よ」
「・・・本当に?」
「うん。炭治郎は強くて優しいから、きっとあんたの妹を守ってくれるわ。だから、あんたも自棄になっちゃだめよ」
そう言って汐はにっこりとほほ笑んで見せた。その笑顔と声に、少年は少し安心したのかその場に座り込む。
「あんた、名前は?」
「しょ、正一です」
「正一ね。いい名前じゃない。あたしは汐。大海原汐っていうの。一応言っておくけど、あたしは女だからね」
汐は自分の名を名乗った後、正一に合わせて座り込んだ。女という言葉に正一は驚く。
「そ、それじゃああの人は・・・女性である貴女にまで守ってもらおうとしたんですか?」
「え・・・ええ。そうなるわね」
「信じられません。普通は男性が女性を守るものではないんですか?」
「あれは特殊な例よ。基準にしちゃ駄目。そしてああいう男には絶対になっちゃ駄目よ正一」
二人の容赦のない言葉に、善逸は再び口から血を流して倒れてしまう。そんな彼をしり目に、汐は真剣な声色で言った。