第29章 歪な音色(前編)<弐>
「あ、そうだ」
不意に炭治郎が立ち止まり、善逸を振り払うと座り込んだままの子供たちの下へ向かう。そして背中に背負っている箱を子供たちの前に置いた。
「もしもの時の為に、この箱を置いていく。もしもという言葉は決して『ありえない』ことじゃないからだ。何かあっても、二人を守ってくれるから」
炭治郎の言葉に、汐は聞き覚えがあった。それはかつて、玄海が口癖のように言っていた言葉で、最終選別の時に汐が炭治郎に言った言葉だった。
彼がその言葉を覚えてくれていたことに、汐の胸が熱くなる。そして炭治郎は汐と善逸に視線を向けると、真剣な顔つきで家へと向かった。
扉を開けると、そこはかなり広い玄関だった。あちこちに水瓶や盥など生活に必要なものが一通りそろっている。
見た目は普通の家と何ら変わりがないが、汐や炭治郎、そして善逸にはそこが普通の家でないことが嫌というほどわかっていた。
しかし人命がかかかっている以上進まないわけにはいかない。
三人分の足音と、一人の粗い息遣いが家の中に響く。炭治郎を先頭に汐、善逸と続く。
「炭治郎~、汐ちゃ~ん。守ってくれるよな?二人とも守ってくれるよな?俺を守ってくれるよな?」
先程から紡がれる自分を守ることが前提の善逸の言葉に、汐は苛立ちを抑えながらも前を歩く。すると、不意に炭治郎が立ち止まったので汐は勢いあまって彼の背中に顔をぶつけてしまった。
「ちょっと急に止まらないでよ。痛いじゃない!」
「あ、ごめん汐。善逸に言っておきたいことがあって」
炭治郎はそう言って善逸のほうを振り返った。