第29章 歪な音色(前編)<弐>
よく目を凝らしてみると、その赤黒い何かは、血にまみれた《《人間の男》》だった。
息をのむ彼らの下に、男は空中でぐるりと一回転したあと頭から真っ逆さまに落ちた。
ぐしゃりという嫌な音と共に、地面に真っ赤な血だまりが広がる。
少女が金切り声を上げ、炭治郎は「見るな!」と鋭く叫ぶ。それからすぐさま倒れている彼に駆け寄り助け起こした。
「汐、手伝ってくれ!」
炭治郎に呼ばれて汐もすぐさま駆け寄り、傷の具合を確認する。だが、どの傷もとても深く一目で致命傷とわかるものだった。
それを悟った炭治郎の顔が悔しげに歪む。すると彼の口から、泡の様にか細い声が漏れた。
「出ら・・・、せっ・・・かく・・・」
「喋っちゃ駄目!」
汐が鋭く制止するが、男は必死で言葉を紡ぐ。
「あ・・・ああ・・・出られ・・・たのに、外に・・・出ら・・・れた・・・のに。死・・・ぬ・・・のか?俺・・・死ぬ・・・の・・・か」
涙を流しながら紡がれる言葉には、悲しみと無念が宿っている。炭治郎の眼が一瞬ぎゅっと切なげに揺れると、そっと彼を抱きしめる。
その肩は微かに震えていた。
やがて男は炭治郎の腕の中で静かに息を引き取った。何も映さなくなってしまった眼を、炭治郎は悲しげに見つめる。
(ああ・・・死んでしまった。痛かっただろう・・・苦しかっただろう・・・)
炭治郎は彼の死を悼むようにぎゅっと目を閉じた。汐も彼につられるように目を伏せる。
そんな二人の背中に、善逸はおずおずと声をかけた。
「炭治郎。その人、ひょっとしてこの子たちの・・・」
だが、善逸が次の言葉を紡ぐ前に、家の中から凄まじいうなり声と鼓の音があたり中に響き渡った。
子供たちは抱き合えって震え、善逸はこれ以上ない程真っ青になり、汐と炭治郎は鋭い視線を家へと向けた。
やがてうなり声と音が収まるが、子供たちは震えたまま動かず、善逸は歯をがちがちと鳴らしながら震えている。
(助けられなかった・・・)
命が終わってしまった男を見つめながら、炭治郎は悔し気に唇をかむ。
(俺たちがもう少し早く来ていれば、助けられたかもしれないのに・・・)
炭治郎の眼が悲しげに揺れた瞬間、腰に強い衝撃が走る。目を向けると、汐の鋭い視線とぶつかった。
「あんたのせいじゃない」
汐はそれだけを言って立ち上がると、震えたままの子供たちを見据えた。