第28章 歪な音色(前編)<壱>
「な、なんなんだ・・・いったい・・・」
目の前で繰り広げられている珍妙な寸劇に、二人は思わず足を止める。二人からは結構な距離があるはずなのに、すぐ近くでしゃべっていると錯覚させられるほどの大音量で少年は泣きわめく。
そんな彼を見て、汐はぽつりと言葉を漏らした。
「何あれ。通行の邪魔だわ。殴り飛ばす?」
汐は拳を作りながら提案するが、炭治郎は慌てて首を横に振った。
「いや駄目だよ!?悪い鬼ならともかく、人間だよ!?」
「じゃあ蹴り飛ばす?投げ飛ばす?それともへし折る?」
「全部駄目だよ!なんでそんな暴力的な考え方をするんだ!?」
次々と物騒な発言が飛び出す汐に、炭治郎は顔を青くしながら必死で止めた。
「それによく見てみろ。あれは鬼殺隊の隊服だ。隊員同士での諍いはご法度なんだぞ」
「そういえばそうだったわね。忘れてた」
汐の言葉に炭治郎は思わず頭を抱えた。
すると、前方から何かが二人に向かって飛んで来る。目を凝らすとそれは一羽の雀で、酷く慌てているようだ。
炭治郎がとっさに手を伸ばすと、雀は手の上に乗り彼に向って何かを訴えるかのようにしきりに鳴いた。
「この子はあたしたちの鴉みたいには喋れないのね。残念だけど、あたしには何を言っているのかわからないわ」
困ったように眉尻を下げる汐とは対照的に、炭治郎は雀の言葉が分かるかのように相槌を打っている。そして、目を見開き口からは呆れたような声が漏れた。
「わかった、俺が何とかするから」
炭治郎が答えると、雀は嬉しそうに羽を広げてぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「え?ちょっと炭治郎。あんた、雀の言うことが分かるの?」
「ああ。この子はあいつの鎹雀で、さっきからずっとあの調子だから何とかしてくれって言ってる」
「言ってるって・・・あんたって時々わけがわからなくなるわ・・・」
頭を抱える汐をしり目に、炭治郎はすぐさま駆け出すと縋りついたままの少年の襟元をつかんで引きはがした。