第27章 襲撃<肆>
「しかし驚いたな。あれほど痛めつけられていたのにもかかわらず、あの鬼狩りと違いお前は骨の一つも折っていないとは」
「まあね。あたしは生まれてこの方、一度も骨折なんてしたことがないのが自慢なの」
「それが自慢になるとは到底思えんが、しかしお前の頑丈さは人間離れているな。お前、本当に人間か?」
「失礼極まりないわね、あんた。っていうか、あんたにはそれ、言われたくないし」
ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向く汐に、愈史郎は一つため息をついた。
「やれやれ。あの男も同じことを言っていたよ。やはり親子とは似るものなんだな。あの男も珠世様に拾われてからわずか数日で完全な自我を取り戻していたんだ。本当に人間かと疑ったよ」
その言葉に汐は思わず愈史郎の顔を見る。彼は昔を思い出すように、遠い目をしていった。
「喧しい男だった。まともに話せるようになってからは、今まで出会った女の話ばかりしていた。よくもああ女の話ばかりできるものだと思った」
「それは・・・なんかごめん」
「だが、いつもきまって話題に出る女が一人いた。それは奴の娘。つまり、お前だ。大海原汐」
突如自分の名を出されて固まる汐にかまわず、愈史郎はつづけた。
「夜熱に浮かされているときも、ずっとお前の名ばかり呼んでいた。あれは本当にうっとおしかった。だが、それだけお前のことを気にかけていたんだろう。今となっては知らんが」
ところで、と。愈史郎は突然真剣な表情で汐に向き合った。薄紫色の眼が、汐を射抜くように見つめる。
「お前に一つ聞く。完全に鬼と化した奴をお前は斬ったと言っていたな。その時、最期の瞬間。あいつはどんな顔をしていた?」
愈史郎の真剣な言葉に、汐は目を見開く。忌まわしく、思い出したくなかった記憶の扉が、不意に開いて思い出がよみがえる。
火の手、血の匂い、悲鳴、涙。だが、その中で思い出す、玄海の最期の瞬間。
その時の彼の顔には、彼の表情は――
――心の底から幸せそうな、笑顔だった。