第23章 遭遇<肆>
「しかしあの男はとんでもない男だったな。元気になるや否や、あろうことか珠世様を口説こうとした。もちろん、俺がそんなことはさせなかったがな」
鼻の穴を膨らませて語る愈史郎を、珠世は静かに制した。
「彼はここを出た後も、定期的に私から血を購入していました。それでも、彼はかなり苦しんでいたはずです。鬼としての本能に。実際に、彼が求める血の量は、年々増え続けていましたから」
そして、ある日。玄海からとうとう鬼としての本能に抗うことが難しくなったため、鬼を殺せる毒を送ってほしいという手紙が届いた。
このままでは自分は鬼となり、人を傷つけてしまうだろう。そうなる前に、人としての自我があるままこの世を去りたいと。
「ついにこの時が来てしまったのだと、私は察しました。ですが、藤の花の毒は、かなりの苦痛と苦しみを伴うもの。ずっと苦しみぬいた彼を、さらに苦しめるのかと私は悩みました。ですが、彼の思いを無下にもできず、私は・・・」
そこまで言って珠世は苦しそうに口を閉じた。その眼には深い後悔の念が浮かんでいる。だが、もうすべて終わったこと。今更そんな眼をしたところで、玄海は帰ってはこない。
だが、珠世の苦しみもわかる。
先ほどの人を救い、助けたいという気持ちは本物であることを汐もわかっていた。だからこそ、彼女自身も苦しかったのだ。
「ごめんなさい、汐さん」珠世が謝罪の言葉を口にする。愈史郎が焦って「珠世様は何も悪くありません」と慰める。