第20章 遭遇<壱>
「ひ、悲鳴!?」
汐はすぐさま悲鳴が聞こえた方向に顔を向ける。が、その瞬間。汐のすぐ近くで、すさまじい程の恐ろしい気配がした。
(な・・・なに・・・これ・・・?)
尋常じゃない程の寒気に似た気配に、汐の体が強張る。それを無理やり動かしてその方向を見ると、そこには――
病人を思わせるような青白い顔に、血の様に真っ赤な眼をした長身の男が、目を細めながらどこかを見ていた。
「!!!!」
その眼を見た瞬間。汐の全身に刃を打ち込まれたような感覚が襲う。その男の眼は、おぞましいという言葉すら生ぬるく感じるほどの何かを宿していた。
これまで汐はたくさんの悪党や鬼の眼を見てきたが、この男の眼は今までの奴らが赤子に見えるほど、この世のすべての負の感情を凝縮しきったようなものをしていた。
身体がガタガタと震え、息が荒くなる。彼女の全身の細胞全てが、こいつにかかわってはいけないと警鐘を鳴らす。
(なんだ・・・なんだ・・・!こいつはいったい何なんだ・・・!!??)
逃げ出したくなる衝動にかられたが、まるで縫い付けられたかのように体が動かない。このままこいつの圧だけで殺されてしまいそうな、そんなことさえも思い始めたとき。
「鬼舞辻無惨!!!」
何処からか空気を切り裂く声が聞こえた。その瞬間、汐の体がはじかれたように動く。
「俺はお前を逃がさない!何処へ行こうと、地獄の果てまで追いかけて必ずお前の頸に刃を振るう!!絶対にお前を許さない!!」
それはまごうことなく炭治郎の声。そして目の前にいる男が、汐と炭治郎の幸せを壊した元凶。
――鬼舞辻無惨。こいつが・・・こいつがっっっ!!!
汐の目にみるみるうちに殺意が宿る。これ以上ない程の黒い感情が渦巻き、先ほどの恐怖を塗りつぶしていく。
その気配に無惨が気づくのと同時に、炭治郎のうめき声が上がった。
「炭治郎!!」
汐は弾かれた様に背を向けると、炭治郎がいると思わしき方角へ走る。その彼女の海の底のような真っ青な髪を、無惨の目がとらえた。
「!!!」
彼の顔に戦慄が走る。だが彼は表情を崩さぬまま妻と娘を連れ、人ごみの中へ消えて行った。
「あの耳飾りと、青髪の、娘・・・」と、小さくつぶやきながら。