第144章 本音<壱>
時間は遡り。
「ねえ、玄弥。ちょっと顔貸してよ」
「は?」
不死川邸で修業をし始めてから三日後の夜。汐はなんやかんやで逃げ回っていた玄弥を捕まえると、ほぼ無理やり自室へと連れ込んだ。
「な、何なんだよ。俺に何か用かよ?」
いきなりの事に玄弥は困惑し、視線をあちこちに泳がせる。汐の強引な行動も勿論だが、思春期を迎えた自分にとって異性の部屋に入るということは、どんな恐ろしい鬼と戦うことよりも緊張することだった。
玄弥が部屋の中心で縮こまっていると、汐は玄弥と向き合うように座って口を開いた。
「単刀直入に言わせてもらうけれど、あいつとの間に何があったか、教えてくれる?」
いきなりの言葉に玄弥は身体を大きく震わせ、目を見開いた。
「話したくないような内容な事は百も承知だし、あんたがあたしの事を心から信用しているわけじゃないこともわかってる」
汐は揺れる玄弥の目から視線を外さずに言った。
「だけどね、あたしは自分勝手な人間だから、そんな顔をしているあんたを放っておけないの。あたしはあんたに助けられたから、あんたが困っているときは力を貸してあげたい」
汐は迷いなき目で玄弥を見据えた。その凛とした佇まいに、玄弥の体が震えた。
全てを見透かすような目に、玄弥は心の中で白旗を上げた。
そして語りだした。自分の忌まわしい過去を。
話を聞いた汐は、悲しそうな顔で俯いた。だが、それと同時に腑に落ちた様子で立ち上がった。
「話してくれてありがとう、玄弥。こんな夜更けにごめんなさいね」
それだけを言うと、汐は玄弥を自室に帰し、布団を敷いて横たわった。
その顔には、ゆるぎない決意が現れているのだった。