第143章 譲れないもの<肆>
「だ―――!!うるさいわね!!おちおち寝てもいられないじゃないの!!」
――ウタカタ 参ノ旋律――
――束縛歌!!!
汐の歌が全員を拘束し、ひとまず騒ぎは収まった。
しかし、炭治郎は鴉を通じて上からおしかりを受け、実弥との訓練は中断。接近禁止が命じられた。
「ごめんな、二人共」
不死川邸を後にしながら、炭治郎は申し訳なさそうにそう言った。
「俺のせいで修業がなくなってしまって・・・」
「いやいや。あれ以上続けてたら俺死んでたし、ある意味感謝だわ」
善逸はお道化たようにそう言って微かに笑った。
一方、汐は何かを考えているようにうつ向いたまま、何も言わずに歩いていた。
と、思いきや突然足を止めると、炭治郎と善逸に顔を向けて言った。
「ごめん、あたし屋敷に忘れ物しちゃったみたい」
「え?」
「先に行ってて、すぐに追いつくから。じゃ」
「お、おい!汐!!」
困惑する二人に構わず、汐は踵を返すと一目散に屋敷に向かって駆けて行った。
だが、炭治郎と善逸は気づいていた。
汐から強い決意の匂いと音を感じた。
小さくなっていく汐の背中を、二人は心配そうに見つめていた。
その後、実弥は苛立ちを抑えられず、体中を震わせていた。
玄弥の事もそうだが、炭治郎。初めて出会った時から気に喰わないと思っていたが、これほどまでに腹立たしい奴だとは思わなかった。
(くそっ、くそっ!!)
怒りのあまり、注意が僅かにそがれていたのか、他に理由があるのか。それはわからないが。
実弥は気づかなかった。誰もいないはずの道場に人の気配がある事に。
「!?」
気配に気づいた実弥が振り返ると、目に入ったのは目を引く青と赤。
汐が静かに、その場にたたずんでいた。