第142章 譲れないもの<参>
「う゛~ん・・・」
傍で倒れていた伊之助が、うめき声を上げながら体を起こした。
それから周りを見渡し、汐の姿を見つけると近寄ってきた。
「お、歌女じゃねえか!」
そう言う伊之助の声は、どこか嬉しそうに聞こえた。
「久しぶりね、伊之助。あんたも元気そうで何よりだわ」
「当り前だ!俺は肩の関節が外れたくらいでギャースカ騒ぐ奴とは、訳が違うんだからな!!」
「あのね。あたしは関節を自由に外すことができる出鱈目人間とは違うのよ」
汐は呆れた顔でため息をついた。
「あ、あのよ。お前等そろそろ移動しねえか?夜も更けたし、いつまでもここで喋ってたら・・・」
「そうね。アイツにまたどやされるのは面倒だし、何だかお腹も空いたし行きましょうか」
汐はそう言って立ち上がるが、足元がふらつき体勢を崩した。
「危ねぇっ!」
そんな汐の身体を、玄弥は慌てて支えた。
「おい、本当に大丈夫か?」
「大丈夫よ。ちょっとふらついただけ。でもありがとう。何から何まで悪いわね」
汐は玄弥の手を借りながら立ち上がると、痛む体を引きずって部屋へ向かった。
その後を伊之助が騒ぎながら追い、そんな彼の頭を汐が叩く。
玄弥は何故か早鐘のように打ち鳴らされる心臓に困惑しながらも、二人の後を追った。