第142章 譲れないもの<参>
「おい、大丈夫か?」
上から声が振ってきて、汐は目を開けた。そこには、心配そうな顔で見下ろす玄弥の姿があった。
「玄弥・・・?いっ・・・!」
身体を起こそうとした瞬間、痺れるような激痛が全身を駆け巡り、汐は小さくうめいた。
「あれ?あたし、どうしたの?確かアイツの一撃を喰らって・・・」
「お前、その後気絶してたんだよ。猪もそこで伸びてる」
玄弥が指さした方向には、伊之助が大の字になって横たわっていた。
胸が上下していることから、どうやら息はあるようだ。
「あたし、アイツにろくな一撃も浴びせられなかったわ」
「いや、女なのにあそこまでやれるなんてすげぇよ。猪が伸びても、お前ひとりで向かって行ってたんだぜ」
玄弥はそう言って、濡れた手ぬぐいを汐に手渡した。
「使えよ」
「あら、ありがとう。気が利くのね」
汐は玄弥から手ぬぐいを受け取ると、痛む顔にそっと当てた。
「ふぅ。まさか初日でここまでやられるなんて、不覚だったわ。まあ、アイツの態度からある程度は察していたけど」
腫れた顔で笑う汐を、玄弥は複雑な表情で見ていた。
「ん?どうしたの玄弥。そんな顔して」
「いや・・・。兄貴、いくら訓練でも女をここまで殴るなんてなかったのに・・・」
玄弥はそう言って顔を伏せた。
「ああ、それならあたしがあいつを一発殴っちゃったからじゃない?」
「は!?殴った!?なんで!?いつ!?」
「柱合裁判の時に、禰豆子を傷つけたから思わずぶん殴っちゃったの。顰蹙は買ったけれど、後悔はしてないわ!」
そう言って得意げに笑う汐を、玄弥は口をパクパクさせながら呆然と見ていた。