第20章 遭遇<壱>
鎹鴉に導かれてやって来た浅草は、完全に別の世界だった。
まず、もう日は完全に落ちているというのに昼間のように明るい。照明の大きさや数が尋常ではないからだ。
次に、どの建物も今まで見てきたものとは比べ物にならない程高い。見上げ続けていれば、間違いなく首を痛くするだろう。
そして、待ちゆく人々の多さ。人が多すぎて一尺先すらもよく見えない。汐が昔赴いた港町でも、これほどの人はいなかっただろう。
他にも路面を走る列車など、汐の故郷では見たこともないものばかり。
まるで物語の中に入り込んでしまったような街並みに、汐は驚きつつも心が躍った。
もちろん、遊びに来たわけではないことはわかっている。しかし、今の彼女の表情は、新しいおもちゃを買ってもらった幼い子供の様に目を輝かせているものだった。
そのせいだろうか。背後に怪しい気配が忍び寄っていることに、汐は気づくのが遅れた。
軽い衝撃を感じ振り返ると、みすぼらしい男が汐の荷物を手に逃げ去ろうとしているのが見えた。所謂掏りという奴だ。
掏りは意地の悪い笑みを浮かべながら、そのまま立ち去ろうとする。普通の人間ならば追いかけても追いつくことは難しいだろう。
【普通の人間】ならばだが。
汐は瞬時に掏りに距離を詰めると、その腕をつかみ捻り上げた。悲鳴を上げてのけ反る掏りを引き倒し、荷物を回収する。
「間抜けなお上りさんだと思った?お生憎。次は相手をもっと見たほうがいいわよ」
軽く軽蔑した目を向けると、汐は周りに気を付けるように告げ人ごみの中に紛れた。