第141章 譲れないもの<弐>
「あ、伊黒さん・・・」
炭治郎が青い顔でそう言うと、伊黒はじろりと炭治郎を睨みつけた。
「何油を売っているんだ。さっさと訓練場へ行け、殺すぞ」
「は、はい!!」
炭治郎は慌てて返事をすると、荷物を置いて訓練場へと走っていった。
それを見届けた伊黒は、今度は汐を睨みつけた。"目"には懐疑が強く出ている。
汐は唾を飲み込みながら、伊黒の次の言葉を待った。
だが、伊黒は視線を汐から部屋へと移し、畳や壁、窓を探るように見た。
窓枠に至っては、人差し指を滑らせて埃を見る始末だ。
それを見た汐は(姑かっ!)と、心の中で叫んだ。
「ふん。及第点という所だな」
伊黒はそう言うと、汐の方を向いた。
「何を呆けているんだ。さっさと荷物をまとめろ」
「え、それじゃあ・・・」
「次の柱の所へ行け。二度と顔を見せるな」
伊黒はぶっきらぼうに言うと、訓練場の方へと歩きだした。
「あ、ちょっと待って」
汐は伊黒を呼び止めると、振り返らないまま口を開いた。
「あんた、あたしを炭治郎と会わせるためにこんな事をさせたんでしょ?」
「何を言っている?ついに頭がおかしくなったか?」
「そう思うならそれでもいいわ。でも、炭治郎の顔を見ることができて安心したのは確かだもの。だから、ありがとう」
汐の謝罪の言葉に、伊黒は肩を震わせることはなかった。
「でも、これだけは言わせてもらうわ。炭治郎を虐めたり酷い目に合わせたら、ぶっ殺すからね」
汐はそう言って、殺意の篭った目を伊黒に向けた。
「ふん」
伊黒は小さく鼻を鳴らすと、そのまま振り返ることなく去って行った。
(あとでみっちゃんに報告しとこ)
そんなことを考えながら、汐は荷物をまとめて伊黒邸を後にした。