第141章 譲れないもの<弐>
伊黒は黙ったままひたすら廊下を歩き、汐はその後ろを必死で着いていく。
全く読めない彼の意図に、ただ困惑するだけだった。
すると、どこからか一羽の鎹鴉が伊黒の元へ飛んできた。
その足には手紙がつけられている。
伊黒は手紙を受け取ると、すぐに開いて内容を一瞥した。
「来い」
伊黒はそう言うと、汐をある場所へと案内した。
そこは、隊士達が宿泊に使っていたと思われる部屋だった。
「大海原。お前には今から、この部屋の掃除をしてもらう」
「はぁっ!?掃除!?あたし合格したんじゃなかったの!?」
汐が叫ぶと、伊黒は苛々した様子で口を開いた。
「俺は訓練は終了だと言ったが、合格とは言っていない。少し考えれば分るだろう」
「分かるかァァ!!散々人の事嬲っておいて今度は掃除!?あんたこそ人の心がないんじゃないの!?」
汐は顔を真っ赤にして捲し立てた。
「ぎゃあぎゃあと騒ぐな、うっとおしい。俺が戻るまで掃除が終わらなければ、お前も障害物に加える。異論は聞かん」
伊黒はそう言うと、汐に目もくれずに部屋を後にした。
「最低!鬼!!人でなし!!ポンコツ柱!!!」
汐は、去って行く伊黒の背中にありったけの罵倒の言葉を浴びせた。
(何なのよアイツ・・・。あたしに恨みでも・・・、あるわね絶対)
汐は大きくため息を吐くと、周りを見渡した。乱れた布団が散乱し、所々に塵やほこりが見える。
普通の人間なら半日程度で終わりそうなものだが、汐は片付けがこの世で最も苦手だった。
今いる屋敷も、使用人が派遣されていなければごみ屋敷になっていただろう。