第140章 譲れないもの<壱>
「お前は、何を見た?」
伊黒は視線を鋭くさせ、汐を睨みつけた。
強くなった怒りに汐は再び身体を震わせるが、勇気を振り絞って伊黒の手を無理やり放した。
「何も見てないわ。本当よ。暗くて見えなかったし」
「嘘を吐くな」
「嘘なんかつかないわよ。あたしは隠し事はするけど嘘は下手なの。それはあんたもよく知っていると思ったんだけど」
汐は軽口をたたきながら、伊黒の目を見つめた。怒りは収まってはいないものの、その奥に微かに悲しみが見えた。
「それより、あんたこそ大丈夫なの?なんだか苦しんでいたように見えたし、具合が悪いなら無理しない方がいいんじゃ・・・」
「黙れ、無駄口を叩くな」
伊黒は鋭くそう言うと、汐から離れて立ち上がった。
「・・・、今回だけはお前の言葉を信じよう。わかったなら、さっさと立ち去れ」
伊黒はそれだけを言うと、そのまま立ち去ろうとした。
だが
「あんたは、何をそんなに憐れんでいるの?」
「!?」
汐の口から飛び出した言葉に、伊黒の背中が大きく跳ねた。