第140章 譲れないもの<壱>
「誰だ!?」
「やばっ!!」
汐はすぐさま壁から離れると、全速力で駆け出した。背後から何かが追ってくる気配がするが、一心不乱に足を動かした。
だが
「いたっ!!」
足に鋭い痛みを感じ、汐はそのまま前につんのめった。鼻を強打し、鈍い痛みが走る。
しかし、その痛みを感じる前に汐の頭からは地を這うような声が響いた。
「ここで何をしている。大海原汐」
今までにない程の低く憤りを含んだ声に、汐は体を震わせた。思考は停止し、声が出てこない。
「答えろ。ここで何をしている?」
汐は観念し、意を決して振り返った。そこには、はっきりと"目"に怒りを宿した伊黒が静かに立っていた。
「眠れないから散歩をしていただけよ」
汐は微かに声を震わせながらも、嘘偽りなく答えた。
伊黒は探るような目で汐を見たが、汐はしっかりとその顔を見据えた。
(あれ?)
伊黒の顔を見て汐は違和感を感じた。心なしか、口元の包帯が緩んでいるようだ。
「伊黒さん。あんた、その包帯・・・」
「っ!!」
汐が言葉を言い終わる前に、伊黒の手が汐の口を塞いだ。