第140章 譲れないもの<壱>
「あの時は気づかなかったけれど、あんたの"目"の奥には悲しみ。ううん、憐みって言った方がいいのかな。それが微かだけど見えてる」
汐は先程の恐怖心も忘れて、伊黒の背中に話しかけた。
「あんたがあたしの事を嫌っているのはわかるわ。でも、だったら何でそんな感情をあたしに抱くの?」
汐の言葉に伊黒は胸元を一瞬だけ握ったが、すぐに手を放し口を開いた。
「お前に話すことはない。さっさと部屋に戻れ」
「でも・・・」
「聞こえないのか?」
有無を言わせない伊黒の声に、汐はこれ以上何も言うことができず大人しく従わざるを得なかった。
「・・・」
汐が立ち去った後、伊黒は早鐘のように打ち鳴らされる心臓に驚いていた。
(何だ、あの娘は。まるで心の中を見透かされたようだった)
蜜璃から汐が目を見て人の感情を読み取ることができるということは聞いていたが、まさか自分が自覚していない感情まで暴かれるとは思わなかった。
(大海原汐。いや、ワダツミの子。柱合裁判の時もそうだったが、あいつは本当に、人間なのか・・・?)
伊黒は緩んでいた包帯をしっかりと巻きなおすと、深くため息をついた。
そんな彼を労わるように、鏑丸がそっと寄り添った。
「大丈夫だ、鏑丸。心配をかけてすまない」
伊黒はそう言って、鏑丸の頭を優しくなでた。鏑丸は安心したように目を細めると、そっと伊黒の顔を舐めたのだった。