第140章 譲れないもの<壱>
(でも悔しい。あいつに一発当てることもできなかった)
汐は口と実力が伴っていないことに悔しさに震え、用意された布団を握りしめた。
腫れた顎は勿論だが、心にもずきずきとした鈍い痛みが現れていた。
(あー、だめだめ。いろいろ考えても腹が立つだけだわ。さっさと寝て、明日になったらこの悔しさをあいつの全身に叩き込んでやるんだから!)
汐は心の中でそう叫ぶと、布団を頭まで被って目を閉じた。
目と閉じていると、ふと稽古中の伊黒の事を思い出した。
性格には、伊黒が自分を見ていた"目"にだ。
(あの時は気づかなかったけれど、あいつ、気のせいかあたしを見ている時、心なしか悲しそうな"目"をしていたような・・・)
何故今頃になってそんなことを思い出したのか分からず、寝るはずだったのに眠気はどこかへ吹き飛んでしまった。
「あーーー!!気になったら余計眠れないじゃない!全部あの蛇男の所為だ―!!」
汐は掛けふとんを蹴り飛ばすと、勢いをつけて体を起こした。