第138章 千里の道も一歩から<参>
無一郎に連れられてやってきたのは、中庭が見える縁側。月は雲に隠れてはいるが、風が心地よい。
「ごめんね、休もうとしている時だったのに」
「いいわよ、そんなの。あたしも、そんな"目"をしているあんたを放っておけないからね」
そう言って笑う汐に、無一郎は心づかいを感じた。
「君にはきちんと話していなかったけれど、僕は刀鍛冶の里の時まで記憶をなくしてたんだ。その後遺症で物事を忘れやすくなってて、いろいろな人に迷惑をかけた。特に君や炭治郎には酷いことを沢山言った。本当にごめん」
無一郎は申し訳なさそうに顔を歪ませると、汐の顔を見て言った。
「何だそんなこと。いいわよ別に。気にしてないわ。それよりあたしも、あんたの事情を何も知らないで勝手なことを言ったわね」
今度は汐が謝ると、無一郎は驚いた顔で見つめた。
「実はあたしも覚えがあるのよ。記憶喪失。あたしの場合は一時的だったけれど、それでも自分の中に穴が開いたような感覚は、今でも思い出しただけでぞっとする。だからあんたの気持ち、少しだけど分かるわ」
「君も、記憶を・・・?」
汐の思わぬ過去に、無一郎は口を開けたまま見つめた。
「でもあたしもあんたも、今は記憶も戻ってやるべきことをきちんとわかってる。それでいいんじゃないの?ぐだぐだ悩んでるのなんて時間の無駄よ。だからあんたも、あんまり気にするんじゃないわ」
汐はそう言ってにっこりと笑った。屈託のないその笑顔を見て、無一郎は汐がたくさんの人に好かれている理由がわかった気がした。
そして同時に、汐を死なせてはならないという気持ちが芽生えた。