第136章 千里の道も一歩から<壱>
その日は、雲一つない満点の星空が輝く夜だった。
純白の雪の上に転々とつく足跡の先には、一人の男が佇んでいた。
彼は真っ赤な鉢巻を靡かせながら、星空を慈しむ様に見上げていた。
すると背後から誰かが近づく気配がした。男は振り返り、その姿を見て目を細めた。
『よう。夜更かしは肌によくないぜ。いくらちっこいガキでも、お前は女だからな』
男の言葉に青い髪の少女は少し顔をしかめつつも、男の目を真っ直ぐ見据えながら口を開いた。
『お前に聞きたいことがある』
『・・・なんだ?』
少女の淡々とした声に今度は男が顔をしかめつつも、返事を待った。
『なぜ私を殺さなかった?』
『今更かよ』
少女の問いに、男は心底呆れたように溜息をついた。
『本来なら、私とお前の一族は相いれない存在だ。お前の名と私の【歌】がお前に通用しないのがその証拠。だのに、お前は私を殺すどころか受け入れ、あろうことか【家族】として傍に置いている。何故だ?』
少女の淡々とした言葉が、静かな夜に響いて消える。
男は困ったように頭をかきながら、言葉を探しているようだった。
『私は【家族】というものが分からなかった。否、今もよく分からない。そしてお前の事も未だに分からない。わからないことだらけで、どうしたらいいか分からないんだ』
少女はまるで痛みをこらえるように、ぎゅっと表情を歪ませた。