第2章 嵐の前の静けさ<壱>
「ただいまー。おやっさん、今帰ったよ」
それからさっと家の中に入り、扉を閉める。それから棚にあるろうそくに灯をともすと、薄明かりに照らされて部屋の中が見える。
台所と食卓と棚、それから寝床があるだけの殺風景な部屋だ。その寝床の一つに寝そべっていた影が、ゆっくりと体を起こした。
白髪交じりの髪の毛に、厳つい顔。見た目だけで言ってしまえば、目があった子供か確実に泣き出すような風貌をしている。
彼の名は大海原玄海(わだのはら げんかい)。幼い汐を拾い育ててくれた恩師で、汐の名付け親でもある。
昔は名のある剣士だったらしいが、今は『奇病』に侵されその任を退いている。
「おー、帰ったか。ずいぶん遅かったなァ。俺ァ待ちくたびれたぜ」
「ごめんごめん、村の外に海賊がいたっていうからちょっとばかし『話し合って』たの。今朝ごはん作るから、ちょっと待ってて」
汐はそう言うと、今日とってきた獲物と蓄えで朝餉を作る。採りたての新鮮な魚介類の磯の香りが家じゅうに漂った。
2人で食事に舌鼓を打っていると、玄海はじっと見つめてから深くため息をついた。
「汐、おめぇよ。俺ァ喧嘩するために『呼吸法』を教えたわけじゃねえんだぞ。元気なのは悪いことじゃねェが、村の連中を心配させるような真似だけはするな」
「それは、わかってる」汐は箸を置くと、玄海を見つめた。
「でもあたし、みんなが悲しい眼をするのが嫌なの。誰かが傷つくと、皆すごく悲しい眼をする。それが苦しくて苦しくて溜まらない。だから、守りたい。あたしの呼吸法は、そのためにあるんだと思いたいんだよ」
汐はしっかりと彼を見据えて言った。玄海はしばらく彼女の顔を見つめていたが、やがて満足するように息を吐いた。
「ったく、子供ってのはいつの間にか成長してやがるなァ。この間まではこーんなちいこいガキだったのに、一丁前な口きくようになりやがってよ・・・」
「あたしだっていつまでも子供じゃないんだよ。バカにしないでよね」
言いたいことを言いながらも、二人には笑顔が浮かんでいる。二人の和気あいあいとした食事はしばらく続いた。