第121章 記憶の欠片<肆>
それから暫くして。
汐は小鉄に炭治郎の食事を持ってくるように命じ、その間炭治郎はしばしの休憩を取った。
「来てみればあんたが死にそうな顔でぶっ倒れてるんだもの。本当に死んだかと思って焦ったわ」
「でも汐が来てくれなければ、俺は本当に死んでいたかもしれない。助かったよ、ありがとう」
「いいのよ別に。しかしあのクソガキ、人間の身体を何だと思ってるのかしら。今回の事で理解してくれればいいけど」
そう言って小さく息をつく汐に、炭治郎の背中を冷たいものが這った。
「それにしても、この人形。あんたをそこまでボコボコにするなんて、よっぽどすごい代物だったのね」
「ああ。戦国時代に作られたなんて、いまだに信じられないよ。最初に訓練をしたときは、全く歯が立たなかった」
炭治郎は声を落とすが、その"目"には諦めの意思は感じられない。強くなるための貪欲さがにじみ出ていた。
「でも、俺は諦めない。強くならないと。それにさっき、ほんの少しだけど不思議な感覚を感じたんだ」
「不思議な感覚?」
「感覚というか、匂いだな。隙の糸とは違う匂い。でも本当に一瞬過ぎて何の匂いかはわからなかったんだ。でも、もしそれがわかれば強くなれる。そんな気がするんだ」
そう言って笑う炭治郎に、汐の胸は甘い音を立てた。彼の誰かの為に戦おうとする意志は、汐の心にも小さな灯をともした。
「お、お待たせしましたぁ~・・・」
遠くから握り飯と湯のみが乗ったお盆を持った小鉄が、かすれた声で戻って来た。
炭治郎は握り飯にかぶりつき、そのおいしさに涙した。
「ところで、炭治郎が休んでいる間にあたしも訓練をしたいんだけど、いい?」
「えっ!?」
「ここの所のんびりしすぎて運動不足気味なのよ。それに、さっき刀を打ってもらったばかりで、試し斬りも兼ねたいの。駄目?」
汐は小鉄に満面の笑みを向けながら言うが、小鉄は先ほどの事を思い出したのか身体が震えていた。
「ねえ、駄目?」
「は、はい!じゃなくて、いいえ!お好きにどうぞ!!」
よっぽど怖ったのか、小鉄は引きつったような声でそう言った。
「ありがとう。じゃあ調整をお願いね」
汐はそう言って小鉄の準備が整う間、身体を解す体操をすると打たれたばかりの刀を抜きはらった。
美しい群青色の刀が、濃い紺色へと変化した。