第1章 平和の象徴
突然道の真ん中で膝をつく来栖に戸惑い、立つように促すも反省の意をぶつぶつと唱えているのは変わらなかった。
「暮六つには広場で落ち合いましょう。私なら大丈夫ですから。」
「ですが、何かあってからでは遅いのです。なるべく人の多いところを歩いてください。」
「はい。」
「それから、出来る限りは目の見えるところに誰かがいるようにしてください。何かありましたら助けを呼べるようにです。」
「はい。」
「それから、それから…」
何かまだ言い残していないか考えていると、菖蒲の顔が笑顔からだんだんと膨れっ面に変わる。
「もう良いですか!?」
「はっ!」
静かな菖蒲が大きく声を張ったので来栖は驚いたが、その膨れた顔が可愛らしく、なぜか恥ずかしい気がした。
広場の方へ向かった菖蒲の背を見送り、来栖はとくに行き場もないので違う道を選んで歩いた。
遠回りになるが、一旦甲鉄城に戻ることとした。
広場と反対の通りは家が立ち並び、石畳が続いていた。
時折道端で寝転がる猫に目をやったり、食事処から香るにおいが鼻孔をくすぐった。
すれ違う人々に怯えはない。
平和なんだと心底感じた。
区画ごとに警備をする武士もそこを通る民人と楽しそうに話している。
そのうち一人の武士が声をかけてきた。
「甲鉄城のお侍さん。」
「?」
此方に来いと手を振っているので仕方なく寄る。
「平和な高宮でなら休めるだろう?この先を少し行くと新緑の道がある。そこは生命の息吹きが通りぬけると地元では言われてるんだ。」
「観光案内か。すまないが遠回りしただけだ。己は甲鉄城に戻る。」
「まぁまぁ、遠回りについでに行って山と風の力を貰ってこいよ。一気に身体が休まるし、力も増すんだ。」
聞いていて如何わしさしかなかったが、屈託なく笑顔で言うものだから、これまた仕方なくその道を選んだ。
この武士の視界から外れたら道を変えて戻ろうと思った。
しかしほどなくして、その場所は現れた。
木々がトンネルのように続き、天には季節の花が咲いている。
その美しい景色に肩の力が抜けるのを感じた。
(生命の息吹きか…)
深く息を吸うと、何か自然の大きな力が身体に充填されていくような気がした。