第5章 武士の初恋
「来栖様!ご無事でらしたんですね!」
フスフスと湯気の立ちそうな来栖の両手をとっては微笑んだ。
「こ…こちらに殿がきていると皆話題にするので戻ってきた…」
「あら?でも具合は…」
「大事はない!それよりも…」
女性の恋心を踏みにじるような真似をしてしまったことを来栖は詫びた。
武士として、いや男として情けない事をしたと。
だがはそんなこと、として笑って気にもとめない様子だった。
それよりも心底体の具合の方が心配でならなかった。
いくら大事はないとは言われても、間もなく警笛が鳴りそうな程のぼせ上がっているようにしか見えない。
「まぁ、とりあえず大事はないからゆっくり歩きながら互いの溝を埋めていけばいいさ!」
と、見ていられなくなったのか吉備土が二人の肩を寄せて前に押した。
来栖は困って視線を向けてきたが吉備土はただ親指を立てただけだった。
今一度気をとり直そうと深く息を吸う。
「来栖様?」
「ハッ!」
「まぁ、私は菖蒲様ではありませんよ?」
「こ、これは癖でつい…!」
「もう少し肩の力を抜いてください。」
「そうは言ってもだな…」
揉めながらも二人は足並み揃えて歩き出した。
見えなくなるまで見送るとようやく解放されたような気さえする吉備土だった。
戻ってきたら事細かに問い詰めてやろうと心に決めて。
その来栖と言えば体調不良の理由を問われ嘘も誤魔化しも利かず、正直にこの不可思議な気持ちを伝えた。
すると自分と同じように顔に熱が集まるをみて、やはり同じなのだとなんとなく察した。だが。
「恋など無縁なものと思っていた…そういう浮わついた心は全て捨て去るつもりだ。」
「武士である以上、そのお気持ちも大切と思います。忠義に厚くご立派かと。」
確かに承知の上ではある。
だが今こうしているだけでもそれはまるで戯言。
この話では続かないし収拾もつかない。
考えている間にもは呼売商人の元へ一人一人回っていく。
一緒に歩くだけで、民人と話す彼女の姿を傍らで見ているだけで、なぜか心の安らぎすら感じた。
ただそこにいるだけで心の底を温かく満たしていく何かにまだはっきりと答えがだせない。
と、嬉しそうに何かを両手に乗せて店前から戻ってきた。