第5章 武士の初恋
到底信じがたい言葉に来栖の思考は止まりかけた。
恋とはどんなものか、昔に本で読んだことはある。
心揺さぶる感情に苦しむほどのものだと。
確かにそうかもしれない。
だが何分初めてなので確信は持てない。それにどうするべきかも分からない。
「どうすれば治るんだ。」
そもそも恋患いについて吉備土に聞いてどうにかなるものかとも思ったが、他に頼りもいない。
来栖は武士だ。それも敬愛する四方川の惣領を守り、顕金駅の復興に尽力しなければならない大切な役割がある。恋なんてしている場合ではない。
それは吉備土もよくわかっていた。だからよく考えてくれたのだろう。
「選択肢は二つある。一つは時間が解決することを待つ。」
恋患いは時間の経過で治るという。だが個人差があり数日で治る者もいれば数ヶ月数年かかるものもいる。
現実的なのかそうでないのか判断がしずらい方法だった。
「もう一つは殿のところへ戻って限られた時間を過ごし、その中で気持ちにけじめをつける。」
吉備土としてはどうやら後者を選んでほしそうな顔をしていた。
確かにけじめのつかない思いを抱えたまま下手すると数年の間浮かれてしまう。
武士としても有るまじき姿だ。
悩む間にも吉備土は来栖の肩を叩いた。
「お前、殿を振り切って出てきたんだろう?いくらなんでも失礼じゃないか?」
「ッ!それは…」
彼女の気持ちを考えればそうだろう。
最後は手も振り払ってしまったのだ、なんて情けないだろう。
無様なままここを出るのは如何なものか。
来栖は気を取り直して立ち上がった。
「戻る!」
「おう、それがいいな。」
吉備土は笑いながら見上げていた。なんとも誇らしげにも見える。
駆け出した来栖は一度足を止め、背中越しに礼を言ってまた駆け出した。
吉備土はただ、友の健闘を祈った。