第4章 武士の休息
来栖は治まらぬ動悸に胸を抑えながら、景色を見る余裕もなくひたすらに歩き続けた。
彼女から離れさえすれば治まると思ったが、全くその気配がない。何かまじないでもかけられたのではないかと思う程だ。
菖蒲が饅頭を頬張っていたところをうっかり覗いてしまった時の感覚とも似ているが、それよりももっと激しい何かだ。
………す。…………るす。
「おい!来栖!」
「はっ!なんだ!」
振り向けば吉備土の姿だった。
一瞬、揃かと思ったが違った。この呆けた面は吉備土で間違いない。
「大丈夫か?宮様の御屋敷で何があった?」
その問いで考えないようにしていた屋敷での事が鮮明に甦る。
に撫でられた背中が再び暑くなった。
「ない!断じて何も起きていない!!」
「なんで怒ってるんだよ、何もないわけないだろう?」
「ないと言えばない!!」
普段冷静な来栖が一向に落ち着きを見せないので、吉備土は人通りの少ない道へ誘導し、陰にあった腰かけに座らせた。
来栖はひたすらに胸元を掴んでいるのでやはり具合が悪いのではと思った。
「まさか、毒でも盛られたんじゃないだろうな?」
「そうかもしれん…」
「おい!そうだったら一大事だぞ!いつから具合が悪くなった?」
の屋敷で食事をいただき、食休みをとってからだと話した。
だか全員で大皿で食べているし、だとしたら箸や茶碗に仕込まれたかと考えるが、よくよく話を聞けば違うことが判明した。
それはが言った思い出を作りたいという台詞。
「殿がお前にそう言ったのか?」
「そうだ!」
吉備土は来栖を横から見ても熱を帯びているのは分かった。
ただの風邪じゃない。
「来栖、それは病気だ。お前は病気にかかってる。」
「なんだと!己は一体なんの病なんだ!?」
吉備土はうんと勿体ぶってその病を告げる。
「来栖、お前の病はな」
「……………。」
「恋患いだ。」
「……は?」