第2章 カバネリの女
暮六つ。
家々は電光を灯し、夜道でも明るく照らされる。
広場の中心には樓が立てられ、それを囲むように屋台が並ぶ。提灯飾りが風に揺れている。
風は涼しいが人々の熱気でこの一帯だけ蒸し返している。
町に住む殆どが集まっているのではないかと思うほどだった。
菖蒲とどうにか落ち合った来栖は民人に押し潰されない場所に立っていた。
しかしここからは樓が遠く、主役の顔は見えないだろう。民人は我が先と前へ前へ詰めていく。
一部熱狂的な集団はみな揃いの装束を着ていて背には宮の字が描かれていた。
「すごい人気ですね…」
菖蒲は呆気にとられながらもどこか楽しい雰囲気にのまれかけていた。
これだけ民人が元気でいられるのは一惣領として羨ましい限りだった。
今か今かと主役の登場を待ち構えていると、聞きなれた声が菖蒲を呼んだ。
どこから聞こえたかも分からずくるくると声主を探すと、群衆を掻き分けてようやく見えるところにに来たのは無名と生駒、それに幼子たちを連れた鰍であった。
菖蒲は皆の名前を呼び大きく手を降って自分を知らせた。
弾むようにやってきた無名は余所行きの着物を纏い、手には林檎飴を持っていた。
それだけではない。生駒はひょっとこの面を頭につけているし、鰍の連れた幼子たちは大きな綿菓子1つを数人で分けあっている。
「みてみて菖蒲さん。屋台でもらったの!」
無名は林檎飴を菖蒲の前にちらつかせる。
その輝く飴玉に菖蒲は唾を飲む寸前だった。
しかしそれを制したのは慌てるようにそれは貰ったものですと言う鰍だった。
このご時世に甘味は貴重だ。砂糖はとくに高価であり幕府へ献上するのが当たり前。
その幕府も壊滅に値したのだから高宮ではもて余しているのだろうか。
「甲鉄城のお客さんだからって特別に譲ってもらったんです。」
生駒がさらに詳しく答えた。
本当にこの駅の民人も武士も惣領もなんと器量の大きな人ばかりか。
平和であることは人の心に強さを生み出すのかもしれない。
いやそれ以上の何かが皆を動かしているのか。来栖はまだ疑いを止める訳にはいかなかったが、菖蒲が羨ましげに林檎飴を眺めるので己が買って来ましょうというとはっとして。
「い、いえ。自分で行きます。無名さん、その林檎飴はどちらで買えますか?」
「こっちこっち!」
無名に連れられ菖蒲は群衆に紛れていった。