第1章 Prologue
それはひどく昔の話。400年よりもずっと前の世界が生まれる頃からの長い長い話だった。昔話を語り継ぐかのように淡々と彼は話し続ける。ただただ彼女の使命を言い渡すかのように。
あまりの長さに闇に支配されていた空は白澄み、もうじき朝がやってくることを告げていた。
「嘘でしょ…。だって、そんなの…私はそんなモノなはず…」
現実味がないと鼻で笑ってしまいたかった。しかし彼の表情が、その態度が決して嘘でないのだと証明している。
「いいえ、貴女様はアラキタシア様であらせられます」
「なんで、何でそんなこと言いきれるの!?」
確信を持って話す彼にそれを信じたくないベリルは声を荒らげて反論する。自分がずっと昔の存在だなどと滑稽でしかない。怒りに興奮するベリルとは対照的に静かに彼は伝えた。
「まずは貴女様の白髪。真っ白でとても奇麗ですが、光を加えるとキラキラと光る。光を通さない程に真っ白なのに」
「…それだけ?白髪は珍しいかもしれないけれど私だけではないし、光るのは髪に反射しているだけじゃないの」
「こちらは貴女様がアラキタシア様だと確信を得られて納得出来る事柄です。肝心なのはもう1つの方」
彼を射抜く瞳は朝焼けを閉じ込めたかのように紅く燃え輝いている。
「貴女様の瞳です。光の照らし方、そして何よりも感情により貴女様の瞳は様々な色に変化する」
《お前の名前はこれからベリルだ》
思い当たる節がいくつもあった。インベルからもらった自分の名。そしてその由来。
「これは昔から続く歴史のある貴族以上の者にしか伝えられておりません。ただ、ユラ家はその中に属している」
「ああ…ああ…」
「貴女様のその瞳の、貴女様の存在を知ってユラ家は引き入れたのです。貴女様をスプリガン皇帝に取り入る為の道具、もしくはユラ家自身の切り札として」
「聞きたくない…」
「そしてユラ家は貴女様を繋ぎ止めるために、子を孕ませた」
彼らが彼女自身に何をしたのか、何をさせようとしたのか、全ての点が線へと繋がっていく。彼らの行為がただの善意ではなく、己が欲であったことを知り、絶望に打ちひしがれる。
彼女自身の心の全てを写す鏡のような眸には鈍い青が拡がっていた。