第1章 Prologue
真夜中の教会。普段は浮浪者の溜まり場とならない為に封鎖されているが、何故か錠は掛かってなかった。
こんなに暗い夜に1人で教会に入ることなど当然初めてで、恐る恐る月にも照らされていない闇に足を入れる。
いつもの昼に見る教会は静かでありながらもどことなく全てを包み込む暖かさに溢れていた。
しかし今はどうだ。床が大理石で造られているせいなのか何人たりとも寄せ付けない冷たさを放っていた。
「綺麗…」
それでもベリルの足は止まることなく真っ直ぐにあのステンドグラスの方へと向かうのだった。誘われるように…。何故か分からないが歓迎されているように感じる。
「誰です?こんな時間にここにいるのは」
「えっ…」
「鍵をかけ忘れたのを思い出して帰ってきてみれば案の定。さあ、帰りなさ…い」
教会の扉からズカズカと歩いてくる声の主の登場に驚きのあまりベリルは動けない。そしてその主がベリルの顔を見た瞬間、眉を寄せていた男性の顔が間抜けな顔に変わった。
その目にはステンドグラスから差し込む月の光に照らされキラキラと輝く白い髪と全てを見透す海のように、どこまでも果てしない宇宙のように綺麗な碧の瞳が映し出されていた。
「あなたは…。いえ、貴女様は…何故ここにいらっしゃるのですか…」
「ゴメンナサイ…。出て行くので」
「まっ、待ってください!!アラキタシア様!!」
ベリルの事を知っているのはユラ家の者と一部の闇で生きてきた者達しかいない。捕まってしまうことだけは避けたく、逃げようと駆け出すが右腕を引かれ思わず振り向く。
「こちらこそ申し訳ありません!!貴女様の教会であらせられますのに!!」
「……」
「ささっ、何か必要な物はございませんか?何でも御用意致しますので是非我が家に」
ベリルが口を出す暇もなくその中年は矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。先程の表情とは打って変わって表情筋の全てを捧げたような笑顔に薄気味悪さを感じる。ただ居場所のないベリルには有難かった。不必要に此処から動きたくなかった。もう家から出ていることはバレているだろう。人の全く歩いていない夜に動くよりも溢れかえるほどになる昼まで待つ方が得策と思えた。
「私は此処で。追われてるので」
「でしたら此処に食事をお持ちしますので!!少々お待ちください!!」
「だっ、大丈夫…なのに…」
ベリルが応える前に中年は駆け出していった。
