第1章 Prologue
「この子は私が引き取ろう。今までの商品代とあなたの腕の治療代これで足りるだろう」
その父親と思われる男は腕の痛みから気をそらそうと何度も身体を床に打ち付けている店主に声をかけるだけでベリルから目を離さず、その場に持っていた大量の硬貨を置くとベリルの手を掴んで息子と一緒に早々と家へと戻った。
「君を見つけられたのは奇跡だ」
そう言って微笑む男の顔をベリルは見ていなかった。初めて着たドレス、初めて食べるご飯に夢中でそんなところに目を向けられるはずがなかった。
拾われたのは上流貴族のユラ家だった。そこでは綺麗な洋服に腹が満たされるよりも多くの食事、勉強はさせられるがそれ以上に幸せなものを与えられた。
「分からない所はないか?」
「うん、大丈夫」
ずっとインベルが一緒に居てくれたのだ。
楽しい時も寂しい時も何時でも隣に居てくれたのだ。
「大丈夫か?」
「お勉強できなくてごめんなさい…。叩かないで…」
「…そうか。父上は厳しいがお前に期待してるんだ。その期待に応えられるように2人で頑張ろう」
「…うん、分かった。インベル、ありがとう」
ベリルにとってのインベルは6年前に絶望から救い出してくれた1番の人だった。大切な記憶、大切な人だった。
だからこそどうしてこんな事になったのかが全く分からない。
あれ以来インベルの顔が見られなくなった。最初はベリルが拒絶していたが、最近はインベルがこちらに近寄らなくなった。
外出が認められなくなり家に軟禁され2ヶ月余り。完全に縛られているわけではないが閉塞感のある生活にベリルの心は追い詰められていった。