第63章 幸せをありがとう
勇音さんの表情が陰る
嫌だ嫌だ
聞きたくない
「着いてきてください」
部下に指揮を任せ、勇音さんは歩き出す
マユリさんはお役御免とばかりに、早々に立ち去った
「浦原さんは生きてます」
「生き、てる?」
肩がストンと落ちた気がした
「けど、まだ危険な状態です」
「え…」
病室には面会謝絶の札がかかっていた
カランと鳴るそれを横目に、私は中に入った
「き…すけ…さっ」
ベッドに横たわる最愛の人
その肌は赤黒く、生気がほとんど感じられない
「戦った相手が毒の能力を持っていて、それが未だ浦原さんを苦しめています」
「そんな…」
「粗方毒は取り除きましたけど、体の奥底に入り込んでしまったものは、手が出せませんでした…」
敵にやられたのだろう
右目を覆うように包帯が巻かれていた
胸が締め付けられる
喜助さんならきっと大丈夫って、心の中で思ってた
「これじゃいつもと…逆じゃない…」
潤む瞳を堪えて喜助さんの手を握る
冷たくて力なくて…
握りしめた手に、涙が落ちた
「喜助さん、早く起きて。お腹の子供も待ってるよ。家族が増えるんだよ…なのにっ……死んじゃ、やだよ…っ」
祈るように手を握った
私を迎えにきたとき、喜助さんもこんな気持ちだったんだろうか
大丈夫
大丈夫
喜助さんは居なくなったりしない
震える紫苑の背中を勇音は見つめていた
その時、わずかに喜助の手が動いた気がした
「!喜助さん!?」
「どうしました?!」
勇音が駆けつける
「手を、握り返した…喜助さん!喜助さん!」
「浦原さん!」
強く喜助の手を握る
お願い
目を覚まして…
「……っ…」
「喜助さん!!」
喜助の目頭に力が入る
強く握られる手
「…………紫苑…」
「喜助さ…っ」
多分声になってなかったと思う
胸がつかえて、涙だけが溢れていく
「生きてて…くれたんスね…」
蚊の鳴くような小さな声
長いこと生死を彷徨っていたのだろうか
「こっちの…台詞っ…」
「浦原さん、御気分いかがですか?」
「悪く、ないっス…」
私はこれで、と勇音は気を利かせ病室を出た