第61章 アナタが笑顔なら 後編
「もう帰る…」
髪を乾かすのもほどほどに、紫苑はドライヤーを置いて立ち上がった
「ちょ、紫苑」
恋愛感情じゃない
それは確か
だけど、私の阿近に対する想いは、そんなんじゃなくて…
例えば…琴乃のように私の近くで
例えば…私の心の一部で
例えば…そう、家族のように
私を支えていて欲しい
そんなこと、思ったら
ダメかな…
「紫苑!大丈夫か?ったく急に動くから…」
立ち上がって扉の取っ手に手をかけようとした紫苑は、腹痛を訴えその場にしゃがみこんだ
「阿近…ごめんね」
「別にいーって。それよりほら、休んでろ」
小さく頷いた紫苑を抱き上げると、再びソファに運んだ
大人しくなった紫苑の髪を、今度は完全に乾かす
「私、阿近に好かれるような良い子じゃないよ…」
「ん?」
阿近は優しいから、私が喜助さんを想っていたって近くに居て、支えてくれた
だけど、これから先あの子じゃなくても、本当に阿近のことが好きで、彼を愛する人が現れたとして
「阿近の優しさを、利用してる…」
やっぱり、アイツに何か言われたのか…
「紫苑…」
その時いよいよ、私は阿近から離れなくちゃいけないのかなって
「私に阿近は、もったいないよ…」
ずっと私だけを見て、私を支えてくれた阿近が、そうではなくなるかもしれない
それが、怖い
「俺が好きで傍に居るんだ。紫苑は何も気にしなくていい」
いっそ、離れていってくれたら
ちゃんと、大事な人を見つけてくれたら
諦めも、つくかもしれないのに
私はずるい…そして、いつかきっと、邪魔になる
喜助さんがいるのに、琴乃がいるのに、それでもまだ、支えが欲しいなんて…
「だから、考えすぎんなって」
「…うん」
「迎え呼んでやるから、帰ったらゆっくり休めよ」
「ありがと…」
阿近が部屋から出ていったのを音で確認すると、紫苑は目を閉じた
…─
阿近は伝令神機を取り出したところで、通路の角の端から見える人影に気づいた
「まだ居たのか…」
「……」
返事のない人影は、ピクリと肩を揺らした
「お前、紫苑に何言った?」