第61章 アナタが笑顔なら 後編
そしてまた少しの沈黙
私は、少し息を吐いてからゆっくり口を開いた
「阿近のことは好きだよ」
彼女の肩が震えている
「好きだけど、恋愛感情じゃない…。私が好きなのは、愛してるのは…喜助さんだけだから」
バシャッ─
彼女の持っていたビーカーは空になっていて、その中身は私に振りかかっていた
「最低!」
彼女はビーカーを投げ出して、部屋を飛び出した
「え、おい!」
入れ替わるように阿近が戻ってきた
水をかぶった私を見て駆け寄ってくる
「紫苑、大丈夫か?アイツにやられたのか?」
「大丈夫だから、何か拭くもの頂戴…」
袖で軽く拭うと、阿近から手拭いを受けとる
「なんでまた水なんて…」
もう一枚の手拭いで阿近も私の水気を拭いてくれる
「平気か?」
「まぁ、慣れてるから…」
「慣れてるって…シャワー室使うか?」
紫苑は手拭いに顔を埋めて、少し考えた
「そうしたいとこだけど、ちょっとお腹痛いからもう少し休ませて…」
そう言って、拭き上げもそこそこに紫苑はソファに横になった
「こら、そのまま寝たら風邪引くぞ。只でさえ身体弱いんだから」
「う…ん…分かってる」
顔をしかめる紫苑
腹痛がひどいのか
うずくまるようにソファに横になっている
「しょうがねぇな…」
膝掛けを持ってきてかけると、次はドライヤーを持ってきて、紫苑の髪をほどいて軽く乾かし始めた
「自分でできるからいいよ…」
「…あいつに何か言われたか?」
"阿近さんの優しさ利用してるんですか?"
「…何も」
阿近からドライヤーを奪って、髪を乾かし始めた
「何もない訳ねぇだろ。じゃあなんで水かけられた?」
「だから何もないってば!」
阿近に大きい声を上げたのは初めてだった
それはきっとあの子の言うことが、図星で
私はあの子の言う通り、阿近の気持ちを知りながら
その気持ちには答えることができないと言いながらも
その優しさを利用して、阿近のことも、精神安定剤の1つかのように只、傍に置いておきたかったのかもしれない
喜助さんがいるのに
私にそんな権利ないのに