第56章 愛されてんだな、お前
「別に気にしなくていい」
「阿近も私のこと探してくれたんだよね。ありがと」
チラッと目線を後ろにやると、優しく笑う紫苑にほんのり心が踊った
「お前が見つからないと、浦原さんが此処から動いてくれなそうだったからな。そうすると違う弊害が出てくるんだよ」
「マユリさんかな」
紫苑がははっと小さく笑った
「体調悪かったんなら、無理して調査書類送ってこなくても良かったのに」
「え?」
「え?ってなんだよ…」
紫苑は阿近と目を合わせてパチパチっと瞬きをした
「私、送ってないけど?」
「あ?だってこないだも…」
そう言って書類が山積みになっているところの、わりと新しめの束を手に取る
パラパラとめくるとあることに気づいた
「……あ」
「なぁに?」
阿近の手元を覗き込むように顔を出した
「……あ」
そこには見慣れた筆跡
自分には分からない難しい数式
喜助さんの字だ…
「愛されてんだな、お前」
阿近はパラパラと書類の束を閉じると、ポンっと紫苑に手渡した
紫苑はそれを一枚一枚めくっていく
「代わりにやってくれてたんだ…」
喜助さんは何も言ってなかった
胸があったかくなった…
帰ったら喜助さんにお礼を言おう
…─
「2月7日と8日、ひよ里サンお店に出てもらいたいんスけど…」
「嫌や」
「返事早くないっスか!?」
お茶を入れたお盆を持った琴乃が、ひよ里の少し後ろで立ち尽くしている
「浦原さんその日って…!」
パァッと嬉しそうな顔をした琴乃を、ひよ里は横目でみてその日付けの意味を考えた
「紫苑の誕生日やんな…」
2月7日、紫苑の誕生日
8日も出ろというのは、泊まりにでも行くのだろうと容易に想像できた
「紫苑とちょっと旅行に行ってこようと思いまして…」