第53章 私を忘れないで…
いつの間にか黒崎サンは帰ったようだ
どこからか来た鉄裁が琴乃サンに事情を説明している
「やはりあれが喜助の、初恋じゃったな」
「そんなこと言ってたんスか?」
「儂の勘じゃ。喜助にしては珍しく女子で頭がいっぱいじゃったからの」
勘、と言っても長いこと一緒いる夜一サンが言うんだから、きっとその通りなんだろう
「まぁ結局はその紫苑と結ばれたのじゃから、良かったの」
「なんかモヤモヤしますけどね。やっぱり記憶残しておけば良かったっスかね」
いや、やっぱり嫌だ
汚い手でボクの紫苑に触れて、キスしといて、きっと初詣で手を繋いだりしたんだろう…
考えただけでイライラしてきた
「お主なら、記憶を戻すことも造作もないのではないか?」
「そう簡単にホイホイできるもんじゃないんスよ」
ホイホイしとるクセに
…─
「寒……」
紫苑は布団の中でぶるっと身を震わせた
完璧に風邪引いたかも…
ぼんやり外を見ると、ほんの少しだけ赤みが残っていて夜になりかけていることがわかる
お腹は空いている
脇には琴乃が用意してくれたであろう夜ご飯がある
だけど、不思議と食欲が出ないのは風邪のせいだろうか
「喜助さん…ごはん食べてるのかな」
夢を見た
過去の喜助さんと初詣に行った夢
…元気にしてるかな
そういえば昔、喜助さんに聞いたことがあった
私と同じく恋をしたことがない、と
だけど、あの時夜一さんは言っていた
私が喜助さんの初恋の人に似てるって
私が飛ばされた過去は、喜助さんが私と出会う前…
二番隊に居た頃…
過去で、喜助さんに言われた言葉
"紫苑サン、アナタが好きです"
「もしかして、喜助さんの初恋って…」
紫苑は真っ赤になる顔を隠すように、近くにあった喜助の羽織を適当に引き寄せてくるまった
顔は熱いのにぶるっとまたひとつ、身体が震えた
…─
紫苑の居ない夜ごはんは、なんだか味気無かった
部屋で食べようかとも思ったけど、起こしたら可哀想だから我慢した
仕事も一通り終えて、お風呂も終えて、紫苑の元へ向かう
行灯をつけると、布団で寝ている紫苑の姿が見えた