第53章 私を忘れないで…
「なんでっスか?!」
「店長が留守の間、溜まりに溜まった仕事が山のようにありますのですぞ!」
「う…それは」
「店長にしかできない仕事もあるのですぞ!」
「でも、紫苑のこと心配っスもん!」
ねだるような目で鉄裁を見上げる喜助
鉄裁は頑として譲らないというように、仁王立ちしている
「儂が着いていってやっても良いぞ」
「夜一さん!」
昨日帰ってきた時は商店に居なかった
3週間ぶりの再会だ…
紫苑は思わず抱きついた
「紫苑、無事で良かったの…心配したんじゃぞ」
「心配かけてごめんなさい」
紫苑を抱き締める夜一を羨ましそうに見つめる喜助は、はぁと小さくため息をついた
「夜一サン、お願いできますか?」
「任せておけ」
「紫苑、気をつけて…無理しちゃダメっスよ」
「ありがとう、行ってきます」
喜助が紫苑に聞こえないくらい小さな声で、夜一に話しかけた
「夜一サン、あのことは…」
「分かっておる」
断崖─
「夜一さん、あのことって?」
「あのこと?」
「さっき喜助さんと話してた…」
地獄耳じゃの…
雪姫に似てきたんじゃろか
「喜助が紫苑の煎餅を食べてしまったことじゃろ」
「え、そうなんですか?喜助さんたらもぉ…」
すまんの、紫苑
その後紫苑の声が聞こえなくなった
「紫苑、大丈夫かの?」
急ぎだというから瞬歩で移動した
紫苑に合わせて速度は落としているものの、紫苑の表情はあまり良くない
「あ、はい。大丈夫です…」
と、突然体が宙に浮いた
「よ、夜一さん!?」
気付いたら夜一さんの小脇に抱えられていた
「しっかり、捕まっとるんじゃぞ」
「あ、ちょっ…」
一瞬の出来事だった
あっという間に出口から出て、そのままの勢いで一番隊舎についた
「あ、ありがとうございました」
「なぁに、これくらい、朝飯前じゃ」
その時重々しい扉がギィ…と開いた
「マユリさん…」
目の前にはマユリ、その奥には隊長格の面々が立っていた