第41章 幸せだったのはボクのほうだ
いつからか妙な帽子をかぶり始め、胡散臭さ全開の怪しい強欲エロ店主じゃというのに、物好きが後を立たない
「今失礼なこと考えてました?」
「さぁ」
夜一は卓袱台の真ん中にある煎餅に手を伸ばした
またある日─
平子は浦原商店の前で座り込んで鼻を啜っている女性に声をかけた
「これ、良かったら使ィ」
ポケットからハンカチを取り出して女性に差し出す
「あ、ありがと……ござ……います……っ」
平子はニィと笑って、浦原商店へと入っていった
「邪魔すんでー」
我が物顔で居間部分に寝転がる平子を、奥から出てきた喜助が迎えた
「ほんと邪魔なんスけど」
「やかましいやっちゃなァ…」
喜助はブツクサ文句を言いながらも冷たいほうじ茶を差し出す
「店先で女ン子泣いてたで…」
「あぁ、彼女ですか」
「またフッたんか?かわいそうになァ。結構可愛ェ子やったで」
平子はハンカチを差し出した時に、涙目で自分を見上げる彼女の、綺麗な顔立ちを思い出していた
「だったら平子サンが慰めてあげたらいいじゃないスか」
「アホ言え」
平子は起き上がり、ほうじ茶を一気飲みする
「俺は髪の毛短くて、ツンデレで、友達想いで、照れ屋な子しか興味ないねん」
「まだ、忘れられないんスか…」
平子は遠くを眺めて、少しの沈黙のあとそれを破った
「忘れられたらとっくに女作ってるわ。お前こそどうなんや。選び放題なんやろ」
「何がっスか」
お、ちょっと怒っとる
スマンスマンと小声で謝ると、小さなため息が返ってきた
「言っときますけどね、アタシ誰にも手出してないっスからね」
「誰にもォ?」
「出してないというより、出す気にもならないっス」
空になったコップに、今度は自分でほうじ茶を注ぐ
「要らないんスよ。髪が長くて、料理が上手で、泣き虫で、打たれ弱くて、ボクが居ないと生きていけない子以外には」
「未練タラタラやんなァ」
「どっちがっスか」
…─
それは、現世の迷信
初めて聞いた時は、正直下らないと思っていた
そもそも自分は科学者であり、世の中のあらゆる事象には全て科学的根拠があると思っている
そんなアタシがこの迷信に心を奪われてしまったのは、きっと本気で愛した人のせいなのだろう…