第41章 幸せだったのはボクのほうだ
夜一が首を横に振ると、喜助は一度目を閉じて紫苑の最期の笑顔を思い出していた
「琴乃サンがね」
「琴乃?」
出てくると思わなかった名前に夜一は思わず声を漏らす
「笑ったんですって。最期に」
「最期って…紫苑に刺された時か…」
喜助は小さく頷く
「ありがとう。大好きだって、言って笑ってたって」
「そんなことを…」
「琴乃サンが最期に笑っていたことが、救いだったって。最期だけは、きっと苦しまずに逝けたんだろうって」
喜助は目線を落とし、開きかけた扇子を見つめる
「だから、アタシが心配しないように…安心して現世に行けるように、笑ったんだと思います。…あんな時まで、アタシのこと考えて…っ」
喜助は唇を噛み締めた
「…その笑顔を見た時、紫苑は死ぬつもりなんだと確信しました。だから、眠らせた。100年あれば、どうにか紫苑を迎えに行くことができるかもしれない…」
喜助の扇子を握る手が白くなっていく
「そんな薬…まるでその時のために用意されたみたいじゃの」
使う時なんか、一生来なくていいと思いながら作った薬は、それが初めてだった
「それで、紫苑を迎えに行く方法は見つかったのか?」
喜助は静かに首を横に振った
「店仕舞いしてきます」
と背中を向けた喜助は、いつもよりもとても小さく見えた
…─
夜一が店先に帰ってくると、隣を走り去る女性とすれ違った
反射的に女性を見ると、目元から溢れる涙を、服の袖で拭っているようにみえた
開けっ放しの入り口から中を覗くと、コップの水をかけられたであろう喜助が、髪から水滴を滴らせながら俯いていた
「また女子を泣かせていたのか」
「あーぁ、帽子濡れちゃったっスよ」
喜助は帽子を取り、タオルで頭を拭く
「何を笑っておる」
水をかけられているというのに、怒りもせずにクスクスと笑っている喜助が理解できなかった
「いや、紫苑もよく水かけられてたなぁって…」
あんまり良いもんじゃないスね
「今ので何人目じゃ」
「さぁ」
近頃、駄菓子屋である浦原商店も段々と認知度が上がってきて、喜助のことを気に入る女子を何人か見かける