第41章 幸せだったのはボクのほうだ
夜一は優しく目を細めて、いつの間にか喜助の向かいに座って、卓袱台の上の写真を眺めていた
喜助は返事もせず、次々と溢れ落ちる涙を、写真に落ちないように場所をずらした
「幸せだったのはボクのほうだ…」
夜一は喜助の言葉を静かに聞く
「紫苑と居るだけで、それだけで…良かった」
視界が滲んで、大好きな紫苑の笑顔が見えない
滲んだ視界の先の笑ってるはずの紫苑が、泣いてるんじゃないかって錯覚に陥る
「自分で置いてきたんスけどね…」
肩を震わせる
生まれてからこんなに泣いたことはない
情けないなんて分かってる
ただ、紫苑に
「紫苑に…会いたい……っ」
…─
照明をつけても
眩しい朝日が差し込んでも
太陽が一番高い位置にあっても
まるで光を失ってしまったように暗くて
紫苑の言う通り、夢だったらどれ程良かっただろう
もしかしたらやっぱりこれは夢で、起きたら隣に君が寝てるんじゃないかって
不自然に、半分空いてる布団
彼女がここに眠っていてくれたら、どれだけ幸せだろう
当たり前に隣にあったのに…
…─
あれから100年の年月が経ち、喜助もさすがに落ち着きを取り戻した
表向き駄菓子屋を商い始め、店にくる子供たちとよく店先で遊ぶようになった
紫苑を忘れたわけではない
店先の棚の、一番目立つところには紫苑の好きだった金平糖が置いてある
あいすのケースには紫苑が祭りで食べていた、あいすきゃんでぃが置いてある
飲み物の棚には紫苑の喘息に効く、たいむとやらのお茶が置いてある
庭先の鉢植えには紅姫と雪姫の薔薇の苗木が、枯れている…
どうやら植物を育てるのは苦手なようで、何度挑戦しても枯らしてしまうらしい
「愛に満ちているのぅ…」
時々接客の合間にふっと見せる、寂しそうな表情を夜一は知っている
特に紫苑が好きだったお菓子たちが売れる時、それは夜一にしか分からないくらいだが、顕著に表れる
「どうしたんスか夜一サン、そんなところで」
日が暮れる頃、最後であろう客を見送った喜助は店仕舞いの為シャッターに手をかけた