第32章 もっと喜助さんが欲しい
そう言って私を抱き抱えると、瞬歩で移動をはじめた
「喜助さん、どこ行くの?」
「いいからいいから」
とその声は目隠しをしていても分かるくらい楽しそうだった
「さ、着きましたよ」
いきなり急降下したと思ったら、知った声が聞こえる
「何も目隠しまでせんでも良いではないか」
「だってびっくりさせたいんスもん」
「え、夜一さん?」
急降下した時点でなんとなく想像がつく
ここは多分双極の地下
「かわいそうにのぅ紫苑、夜もこうやって目隠しされておるのか」
「え、さ、されてないですけど!」
夜一の発言に喜助はハッと考え込む
「紫苑、今度目隠しプレイしましょ…ぐほッ」
喜助の腰に夜一の蹴りがクリーンヒットする
「し、しないからっ!それより早くこれとってよぉ」
喜助はフフフンと鼻歌っぽいのを歌いながら、紫苑を少し移動させる
「取りますよ」
目を覆っていた布が取りさらわれて、眩しさに一瞬目を瞑る
ゆっくり開けるとそこには、前に来たときにはなかったものがあった
「へ……?う……み?」
目の前にはなんということだろう
そこには現世の海とほとんど同じものがあった
「ど、どういうこと?」
理解ができずに喜助を見ると、ニンマリと満足そうに笑っている
「喜助がお主のために作った海じゃ」
「え?作ったの?これを?」
「儂も手伝ったのじゃぞ。なかなかの出来じゃろ」
そりゃ喜助さんはなんでもできる人だけど、まさか海まで作っちゃうとは思わなかった
広大な空間の端に、柔らかに波打つ水面
波打ち際にはご丁寧にその辺の土ではなく、白くて綺麗な砂、ところどころには貝殻なんかも落として
人工太陽的な眩しい照明
でも不思議と暑くはない
砂浜にはちゃんとパラソルとベンチなんかもあって、そこだけ見ればここが地下空間だなんて忘れてしまいそうに、息を飲む
「どうっスか?喜んでくれました?」
紫苑の顔を覗き込むと、紫苑は両手で顔を覆ってしまった
その手の向こうからは鼻をすするような音が聞こえる