第29章 あの人は、精神安定剤だから
「彼女は別の隊に行ってもらいます」
「え?なんで?」
「紫苑を守りたいからっス」
「なっ!駄目だよ!東園寺さんだって頑張ってるんだから、私なら大丈夫だからっ!そんな理由で…」
「どこが大丈夫なんスか?!」
思ってもいなかった大きな声に紫苑は驚く
「もちろんあの子だけが原因じゃないのはわかってます。でも紫苑の心も体も、悲鳴をあげている。その原因を少しでも取り去ってあげたいんス…」
「職権乱用だよぉ…」
喜助は紫苑をぎゅと抱き寄せる
「ボクが職権乱用するのは紫苑のためだけっスよ。こんな守りかたしかできないけど…」
「喜助さん…ありがとう」
「久しぶりに笑ったっスね」
久しぶりに見た紫苑の笑顔はまぶしくて、ボクの冷えてた胸の奥を、じわりじわりと暖めた
「紫苑の笑顔も見れたし、ボクはそろそろ帰りますね」
「うん…」
うん、と頷いたものの、その表情はやっぱりどこか寂しげで、喜助は後ろ髪を引かれる思いだった
「いい子にしてるんスよ?」
頭にポンと大きな手を置くと、そのままちゅ、と唇を重ねた
一瞬で真っ赤になる頬にニヤリと笑った喜助は部屋を後にした
「会いたいなぁ…」
今別れたばかりだというのに、もう会いたくなってる
心にポッカリ穴があいたみたいに、胸がスースーする
…─
昨夜、紫苑がとりあえず四番隊に泊まることが決まって、隊舎に戻った
もうほとんど隊員たちは帰宅していて、夜勤の者が何人か仕事をしている
隊首室に向かうと扉の前に人影があった
「何してるんスか」
自分でも思った以上に低い声が出た
わずかに眉間に力が入る
「浦原隊長!あの…」
「ボクは紫苑が大事です。あの子をこれ以上傷つけるなら、アナタが女性でも、容赦しません」
「すみませんでした…」
「今日みたいなことは、もう辞めてください」
凛音を通りすぎて隊首室に入ろうとした喜助を、呼び止めた
「待ってください…話しだけ、聞いてもらえませんか…」
「もう話すことはないっス」
「お願いしますっ。ちょっとだけで良いんです!」