第7章 思い出の日曜日
美結の母は 立ち話も何だとスリッパを並べながら改めてイルミに笑顔を向けた。
「こんな田舎までよう来て下さいました。いつも美結がお世話になってます」
「こちらこそ」
「どうぞ上がって下さいね」
「お邪魔します」
イルミは小さな会釈を見せる。
違和感がありそうで意外とそうでもない。軽く頭を下げる姿はとても新鮮で、感心する思いでそれを見つめた。
「颯太 お昼ご飯作るの手伝いんさいね」
「嫌じゃ」
「やらん子にはご飯ないんよ」
「姉ちゃんにやらせたらいいじゃろー?」
母と弟のやり取りを聞きながら、廊下を進む。
美結は 隣にいるイルミの脇腹を肘でちょんと小突き、小声で話し掛けた。
「イルミってちゃんと敬語使えたんだ」
「もちろん。一応仕事してる身だしね」
「なんだか猫被ってるみたい」
「そんなモンじゃない?その場の状況で必要な立ち居振る舞いってあるよね」
確かにその通り。そういう美結も職場では似たようなものだと思い出していた。
◆
「ねぇねぇ。イル君は飲み物何がいい~?」
「…なんじゃ その呼び方…」
居間に入るなりいきなり勝手な愛称を付けてイルミを呼ぶ母に小声でツッコミを入れてみる。部屋をぐるりと見渡した後、美結は身を乗り出して弟に小声で話し掛けた。
「今日父さんは?」
「豊橋行っとるよ」
「…そっかぁ~よかった」
ホッと胸を撫で下ろした。娘の立場からすれば意味を含む形でいきなりイルミを会わせるのも気が引けるものがある。
トヨハシとは何かと聞いてくるイルミにここから一番近いパチンコ屋、ようはギャンブルだと説明した。
煎茶を用意した母が居間に戻る。
それらを人数分配り、エプロンのポケットから二つ折り携帯電話を取り出すと にこやかに話しはじめる。
「最近週末は豊橋に入り浸りじゃけんど。美結が帰ってるって連絡したらパパ戻ってくるかもしれんね」
「ええよ!連絡せんくて!」
「大丈夫じゃって。パパにメール送るけぇ」
「いいってば!!」
ふふと笑う母の横で、弟の呆れた声がする。
「おかんは覚えたての顔文字を使いたいだけじゃろ…」
「だって折角サオリちゃんが教えてくれたんよ」
「誰じゃし サオリちゃん……」